植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

31.キショウブ

「困りました…今日…検査…なのに…」
 首都倉庫の備品を確認していると、有り得ない人物を見かけた。セミロングまで伸ばした黒髪の若い男性で、ベストスーツの上に白衣、そして安全メガネまで掛けている。
「小さい女の子を見かけませんでしたか。」
「いや、全く。」
「そうですか。失礼しました。」
慌てて出てきたのか、涼しいバリトンが掠れている。
男性は歩きながら、今起きている事からその対処法までをまとめた。
「あー…コレはかくれんぼしてそうですね…」
 首都サクリーナ城の四方は手入れの行き届いた庭で、東西南北にあるものだからまとめて四位の庭と呼ばれている。貴重な夏の始まりには、庭全体で花と若葉が合唱している。その辺で華やかに咲き誇るのはツツジだろうか。
「四位の庭でかくれんぼ出来そうな所は…」
 男性は懸命に探したが、ツツジの茂みにも、若葉を伸ばすハナモモの並ぶ通りにも、ツタがすいすい登る城の壁際にも、子どもは居ない。
「後は北の庭…はぅ、広すぎですよー…」
 男性はうっかり身につけたままの白衣と安全メガネをどうしたものか思案しながら四方の庭を廻り、最後の庭…北の庭にやって来た。
 北の庭にはそれなりに大きな池があった。魚が居れば釣りがしたくなる様な、だが花無き睡蓮の下で泳いでいるのはメダカだけだ。その池の縁は、稀にお弁当箱に生えているプラスチックの草の様な、尖った葉の壁に囲われている。ぽつぽつと掌大の黄色と共に、おっと銀色が見え隠れしている。
杉の葉が描かれた、子どもの額当てだ。
「あれ?おとうさんだ。」
「スニーキングミッションは、楽しめましたか?」
「うん!」
 男性の腰までしかない女の子は、キショウブの壁の中に三角座りしていた。確かにこれでは、遠目からは見えない。
 男性はいつも以上に優しい声を出す努力をした。
「そうですか。
 では、かくれんぼはそろそろお仕舞いにして、検査に行きましょう。」
「むー!」
「今日じゃないと駄目なんですよ…抱っこして差し上げますから、ね?」
「はーい。」
 こうしてようやく、男性は自分の娘を連れ戻す事に成功した。娘が6歳――世に出れば、100人の友達を作ろうと意気込む小学校1年生だ――になった事を抱えた重みで実感して、何かお祝いしなければと男性は思った。
 男性は娘への御褒美を此処の黄色い花束にする事にして、腕の中で満足そうに眠る娘を目的地へと運んでいった。
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 キショウブ黄菖蒲)という名前ですが、こどもの日にお風呂に入れるアイツとはまた違う植物です。いわゆる花菖蒲(アヤメ科)であり、要注意外来生物です。諦めて眺めるか、花瓶に飾りましょう。
それにしても、FF7remakeでツォン+かくれんぼ+エアリスにハゲ萌える日が来るとは…そのパッションを創作に注ぎ込んだら、かくれんぼ要素だけが残ったのでした(爆)。
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参考ホームページ
写真拝借感謝(https://www.photo-ac.com/profile/2140503
wikipediaキショウブ
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CAST
・スツェルニーのクライン
・ヴァルトリピカのユリ