植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

44.カスミソウ


砂漠の王国ロブリーズは魔法と“商会《ユニオン》”と待合喫茶《パブ》で動いている。人々は何かあると待合喫茶へ集い、困り事を認めた“依頼《クエスト》”を掲示板へ貼り付け、ソレを見つけた“ユニオン”は待合喫茶に斡旋料を払って“依頼”を受け、成功の暁に報酬を受け取った。
「貼り付ける時に掲示代とられるけどな。」
「そりゃそうさ、コルクボードとマスキングテープも
 ウチの大事な商売道具なんだからな。」
旅の折、魔法都市ヲーキングの待合喫茶“鐘鳴亭”を尋ねた“三日月商会《ユニオン・クレッセント》”もその1つだった。
「いや武者修行だよコレ」
「ちょっと待った。これ二重取りじゃない?」
「なんだって?!“依頼”が此処まで分かり易くまとまっているのは俺が
 此処までまとめ上げたからなんだぞ!依頼主全員が依頼内容・推奨人材・
 実行期限・報酬を決めきれてる訳がないし、不適当な“依頼”だってある。
 緊急依頼なんて尚のこった。俺が真剣に不明点は質問して加筆し、
 不適当な“依頼”を断っているから《《無事に》》“依頼”は掲示板に掲載
 されているし、依頼主とユニオンがムダに揉める事も少ないんだ。」
「ソイツはありがたいね、最後の話は信じられないが。」
「出禁にすんぞコラ。」
「冗談冗談、今日もお世話になります。」
コクランはだれてきた矢筒を背負い直してから、待合喫茶“鐘鳴亭”掲示板へ向き直った。“依頼”は今宵も無数にあり、ユニオンに属する荒くれ者達を悩ませている。
「どれも報酬が微妙だな…内容と釣り合わないというか…」
「コレはどう?」
「お、いいね!報酬も高いし…ちょっと腕試ししてみたかったんだよな。」
「そうだな、私も新しい魔法を試したい。」
やがて青魔法士セインに選ばれた“依頼”は、指名手配犯の捕縛だった。彼の選んだ依頼書にコクランは賛同し、緑魔法士ホルバインは自分の魔法書を改めて開いた。
「では行こう!」
「行くぜ。」「行こう。」
ただ1人、魔法つ
「鑑定士るび!!」
であるヴィクターは不審な顔をしていたが、他3人が受領のサインを書いて提出してしまったので渋々彼等に付いていった。
(罪状からして“雇用形態”に“魔法士非推奨”とすべきだし、指名手配犯の
 顔写真がないるび。“必要経歴:下記を参照の上、よく考えること”なんて
 マスターや依頼者の信用を下げる様な事、普通書かないるび?それに…
 此処の待合喫茶、胡蝶亭なんて名前だったるび??)

本日の依頼
タイトル:お尋ね者を追え
  要項:指名手配犯「ロジオン」の捕縛
雇用形態:なし
必要経歴:下記を参照の上、よく考えること。
 情報料:300メギル
  報酬:22600メギル
 募集元:王宮ベルベット
 その他:65件受領済。強大な魔法と多くの部下を持つ。
     標的は滅びの街アーシーから動かないので審判
     《(※アービター)》の助けは期待できない。注意されたし。
(この手の依頼にありがちな顔写真はなかった。彼が特定の場所から動かない・その場所が人気のない場所だからだろうか)
  罪状:国家および魔法士の転覆、公共建築物建造予定妨害
 申込先:魔法都市ヲーキング 待合喫茶「胡蝶亭」
(パブの店主のサインは優美ながらも数式の様に、一定の幅の中に収まっていた。)(その下にセイン、コクラン、ホルバインのサインが続く)(ヴィクターは結局、署名しなかった)

さてやって来た滅びの街アーシーとは、人1人っ子居ない寂れた街だった。
荒れた土地には、ただ細やかな白い花が咲き乱れているだけだ。
「此処って、大昔になんか凄い実験をしたら吹っ飛んだ…
 って話だったよな?」
「ああ。おそらく歴史の教科書に載ってた“王国歴120年”ぐらいにあったヤツだと思う。えーっと…」
4人は沙漠の王国ロブリーズの西、三日月商会《ユニオン・クレッセント》の本拠地である“始まりの街ランズ”から見て南西にあり、それなりに遠い道のりを歩いてきた。セインとホルバインが魔法学校時代に花咲かせている間、コクランとヴィクターは辺りを警邏していた。
「カスミソウだ…」
「るび?」
「誰かが植えたのか?」
それは白い星や雲の欠片を飾り付けた様な、霞の様な花だった。小指の爪程の花はよく見れば薄絹物の様にふわふわと可愛らしく、茎葉はとても細い。花瓶に活ければ、きっと他の花々をよく引き立ててくれる事だろう。ただ、この不毛の大地に生えている様は――幽玄という古の時代に使われた言葉がある様に――何処か浮世離れした不気味さがあった。さてこんな、1種類の植物だけ、ポツポツと生えてくるものだろうか?
「ヴィクター?」
「やっぱりおかしいるび。」
怪しい点はそれだけではない。ヴィクターが土埃を払うと、其処には紫色に輝く魔法陣があった。円形に見えたソレは細かい数字や記号を以て曲線と成し、何事かを記している。さて、如何なる魔法を展開するためのものだろうか?
「何が?」
「あの依頼書、ざっと見ただけで初歩的なミスが3つもあったるび。
 そしてこの魔法陣。とても複雑な構造が組み立てられている事以外は
 分からないけど、それでも1つ、分かる事があるるび…」
ヴィクターは話の分かっていないコクランに、決定的な一言を放った。
「僕達、ハマッたるび。」
「なんだって。」
「わあぁ!?」
突然聞こえた悲鳴に2人は振り向いた。
見れば辺りには光る蝶々、向こう側には5人の黒い人影が居り、その内の1人がホルバインに斬りかかっていた。
「出たな犯人、」
『ぶっ殺す!!』
これにセインはサーベルを以て果敢に立ち向かい、コクランも弓を構えながら現場へ急行した。
「セイン、ありがとう。」
その間にホルバインは呼吸を整え、呪文を唱えた。
「意識に宿りし希望の凪よ、罪人《つみびと》導く神の息吹となれ。
 ブルー《Blew》!」
「みんな!!これは罠るび、引き返するび!!」
ヴィクターの声は彼等に届かなかったので、仕方なく加勢した。
「…歪みに宿りし空の電荷よ、我が意に従い異物を焦がせ。
 シューキー《Choquer》!」
ヴィクターは魔法を敵方に放った後、杖…ではなくアイテム鑑定で使う針を取り出した。詳細は長くなるので割愛するが、その性質の都合上これはアンチ魔法物品である。
(本来は魔石のレベルを測るものるび…
 でもきっと、これに魔法は効かないるび。)
ヴィクターは先程発見した魔法陣をひっかき、文字の1つに取り消し線を引いた。
「上手くいったるび~。」
「素晴らしく勘が良いな君は。」
「るびっ?!」
思惑通り魔法陣が消されると、ヴィクターは真後ろから声を掛けられた。
刺客だと思ったヴィクターは腰を抜かして後方へ倒れ込む前に後転を決めた。
(アサヒから受身を教わって良かったるび~…)
魔法陣は輝きを喪い、代わりに現れたのは見慣れない色の魔法士のローブと黒いドレスと被り物――大輪の黒い薔薇が左右に付いた、折れ曲がった筒状の被り物など見た事がない――所々に魔石が煌めく黒髪の男だった。
ちなみに、セインは青魔法士、ホルバインは緑魔法士だが、魔法士のローブの基礎デザインは皆同じだ。単に、彼の衣装がロココ的な女性物だったので派手に見えるのだ。
「だ、誰るび?黒魔法士は、今は1人も居ないって聞いたるび…」
「名も知らぬ君よ、そう見えるならば私は幸いだ。」
「おおぉ、オバケは勘弁るび~!!」
不敵に笑う魔法使いのだいぶ非現実的な…昔々の御伽噺の挿絵に描いてありそうな見た目に、ヴィクターは慌てて後ずさる。第一にヴィクターはオバケが苦手だ。その上で男――どう考えても女性の衣装なのに確かに男だと分かった――とカスミソウの組み合わせは、幽霊と鬼火の様に見えていけない。
やがてコクランの矢が飛んできたが、男はその場からフッと居なくなった。
「消えた?!」
「やっぱり撤退を考えるべきるびー!!」
やがて例の男は立ち並ぶ家屋の屋根上に姿を現し、鮮烈なセントポーリアの瞳を輝かせて言った。
「私は闇の貴公子ロジオン、その意味を教えてやろう。」

「闇の貴公子?」
セインは魔法とサーベルを繰る合間に聞こえてきた、その如何にもな2つ名に腹を抱えて笑った。
「悪い悪い、
 帝国民の言う“クッソワロたwww”とはこの事だと思ったもので。」
「ふざけてる場合か?!
 我々はどんな相手だろうと負けられない…勝負だ、ロジオン!」
笑いこけるセインと俄然やる気を出したホルバインの横で、ヴィクターは青ざめる。
「人の話は最後まで聞くものだろう?やれやれ…」
ロジオンは差し出した手にプリズムに煌めく蝶を招聘し、ふわりと放した。
蝶はヴィクターの帽子に留まろうとしたが、ヴィクターは危機感を覚えて避けた。
そうしてセインとホルバインとロジオンの魔法合戦が始まった。
「意識に宿りし希望の藤よ、罪人宥める枷となれ。グルー《Grew》!」
「賢しらにさざめく衝動よ、集いて宙《そら》の狼煙と成せ。ヒートアップ《Heat-up》。」
「模るは円球、記すは雨。降《くだ》る調べを手繰り寄せ、いざ放たむ…ウォーターボール《Water Ball》!」
色とりどりの属性の光がぶつかり、建物やカスミソウを破壊しながら散っていく。コクランは降り散らかる瓦礫共を避けながら戦況を伺った。
(居ない。)
一方で、彼の魔法に巻き込まれるからだろうか。先程まで相対していた5人の敵が居ない事に気付いたコクランは、目の前で蝶が消えて呆然と立ち尽くすヴィクターに駆け寄った。
「大丈夫か?」
「大丈夫るび…でも、はまった事実には変わり無いるび…」
「アイツ、一体何をしたんだ?」
「さっきセインが爆笑している間に言ってたるび…
 私の専門は虚数と闇の探求だが、複素平面《アルガン》図に実軸と虚軸が
 ある様に、どちらも一般世界とは隔絶されているものだから中々見る事も
 ないだろう。折角だから愉しんでいきなさいって、どういう意味るび?」
「えっと…数学用語、か?」
ヴィクターは青ざめた顔で、コクランに伝えた。
男は幻に煌めく蝶を放ち、ヴィクターはこれを避けた。蝶が消えた時、ヴィクターは確かに、遠目ながら男が微笑むのを見た。訳が分からない!ヴィクターは正直にそう思った。
「ヒート《《アップ》》?聞いた事ないな。」
「今、アイツの裾が光った。補助魔法の仕込みかも。」
「ふむ、不正解じゃないかね。」
セインの帽子に何処からともなく飛んできた煌めく蝶が止まった瞬間、ロジオンは1枚の紙と翅ペンを取り出し、その鋭利な先端で紙面上をすっと引いた。
「いったあ?!」
「セイン!?」
途端にセインは胸を押さえて転がった。
出血を含む外傷はなさそうだが、セインは起き上がれず蹲っている。
「な、何処からだ?!」
「君は魔法の基礎も知らんのかね《《ホルバイン》》君。」
「?!」
「君達はあの手配書を見て来たのだろう?
 このディラックの海の様な、何もない所にまで。」
ロジオンは手にした紙をセイン達の方へ向けた。
ホルバインとセインは絶句した。それは今朝方見て、自ら署名した依頼書だった。それが今、敵の魔法使いの手元にあるという事が何を意味するのか…魔法士の2人は明確に察した。
これは、呪術だ。
「依頼とは雇用主と労働者との契約、契約とは双方が記す約束にして楔。
 これは我が“ラスターボックス《Lustre Box》”への入口なのだよ。
 さあ愉しみたまえ。現世に帰る、その日まで。」
ロジオンがガラスペンを持った右手を挙げると、何処に隠れて居たのだろうか、黒ずくめの5人組が再び襲いかかってきた。

「それから魔石で大砲造られて“ドーン!”で全部終わったるび。」
「なにそれ新手のチートかな?」
以上の“依頼業務《クエスト》失敗話”を、療養期間が終わったヴィクターは先ずリノクのアサヒに聞かせた。
アサヒは驚いた。主に話の最後に出てきた大砲と、ヴィクターの隈の黒さに。
「て言うか“魔石で作る大砲”ってなに?!スパロボの必殺技かな!?」
「そのまんまるび。大砲を全部魔石で作った様な…
 って、大事なのはそこじゃないるび!」
ヴィクターはぷりぷり怒りながらアサヒに言って聴かせた。
「僕達コテンパンだったるび!!とっても悔しがってたから、
 セインとホルバインはきっとリベンジに行くるび!」
「えー、態々また墓穴掘りに行くのかあの《《トリオ》》…」
「遺憾ながらその予想には賛成るび…このままではまーたやらかするび。
 だからアサヒ、一生のお願いるび。
 またあの依頼を見つけたら、付いてきてほしいるび!」
「分かった。でも、出来れば用事の無い日にしてね?」
「ソレは…お祈りするるび。」
その後、三日月商会に荷物が届いた。
「まぁ綺麗!」
郵便屋から受け取ったカロリーヌが無邪気に喜ぶ横で、例の4人組はゾッとした。
その細やかな白い花はあの滅びの街で見かけた花だったし、花束を包む紙の色は黒と紫で、何故だろう、とっても見覚えのある組み合わせだったのだ。
「あら?お手紙が付いているわ。」
カロリーヌはカスミソウの花束の中に差し込まれた封筒に気付き、開けて読んだ。
「“これを手にする者達に清き心のあらん事を。”」
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カスミソウは冷涼な気候が好きだとか。今年は妙に暑さ寒さが尖っていますので、日本で育てるには工夫が必要かもしれませんね。
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参考ホームページ
https://greensnap.co.jp/columns/gypsophila_language
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CAST
・セイン=プリムローズ
・コクラン=デュラム
・ホルバイン=メイズ
・ヴィクター=グレースダン
・ロジオン=マグワート
・リノクのアサヒ