植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

9.サクラ(ソメイヨシノ)

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※完全版はこちら→https://note.com/artcielinnature/m/m080ce8e63870
※写真お借りしました;https://www.photo-ac.com/profile/187870

 

季節は廻っていた。
緑から橙色、橙から緋色へ、緋色から雪の白へ。そして、黄色から桃色へ。
「あら、今年は景気よく咲いたわねぇ。」
極寒たる帝国メガロポリスにも春がやって来た。
読者界でいう3月の様子は先日、首都サクリーナ城・南の庭にてお届けしたが、4月は此処、スツェルニー区立植物園からお届けしよう。

帝国メガロポリス・スツェルニー区とは、北隣のヴァスカンダ区と並ぶ豪雪地帯である。どのくらいの豪雪ぶりかと言うと《今年は“雪下ろし用のスコップで雪洞(かまくら)を作りたくなる様な”可愛らしい積もり方でした。》と報道される程度である。
例年は如何ばかりか…考えるだけで恐ろしい。
その分、長い冬の明けた本区は素晴らしかった。本区、実はアナスタシア区――リノク府を挟んで東向かいにある――と並ぶ植物地帯である。特にこのスツェルニー区立植物園では、毎年色とりどりの花が咲き乱れ、秋の実りを約束する。
しかし、哀しい事だが、帝国では満開になると逆におそれられる植物が存在した。
「今年のサクラ、満開だって。」
「え、マジで?!」
サクラである。
みんな大好きソメイヨシノである。
「なんでって…出るんだよ、気難しい連中が!」
そう。
何ともオカルティックな話だが、この世界には神様っぽい生き物が存在する。
帝国政府は“守護者”と呼ぶ事にしたその生き物は――帝国で確認される個体に限ってかもしれないが――見た目こそ人間にしか見えないのに、そのチカラと性格は桁違い。気分で人に危害を加えたり、身1つで街を壊滅させたり、不機嫌にするとその場で天災を起こす様な“気難しい方々”が事実存在するのである。
そういう古の存在を、帝国では“守護者”または“気難しい方(々)”と呼び、時にウザがられ、時に忘れられながらも、なんとなーく畏れられてきた。
「気難しい方々の荒振りを収めるのも、一般部の仕事だからな。大方話が通じないので、実力行使でお帰り頂いていた…んだよな?」
「勝率2割だけどね。」
『え。』
「大人共はクソ弱いしアイツらチート、どうしろっての?」
花は、そういう存在達を祓い清める事もあれば、引き寄せる事もあるらしい。
サクラが帝国全土で満開になった年は、人間だけでなく“守護者”も花見に来るのだ。
「それで守護者警報発令中なんだな…」
帝国政府は“守護者”と人民の接触による“人災”を恐れ――実際にピンからキリまで被害も出ているので――今年こそは警報を出してみたが、流行物と祭が大好きな帝国民の前には形無し。今年の4月も、春の温もりを味わいながら花見する老若男女で溢れている。
通称“ブロンドプリンス”とその同級生達も其の一員である。
「らしいね、まぁ無駄だろうけど!」
「おい。」
今注目している団体は、とある高校出身の若者達である。今でこそサルートのリョージ・ヴァスカンダのカツキ・ヴァルトリピカのユリしか居ないが、あと1時間で全員揃う予定である。
「もう昼なんだけどなー。」
「今エスライン見たんだが…買い出し班、風による電車トラブルで遅刻確定。」
「マジか。ないわー」
そもそも、今年20歳になる若者達は、これまでの“20歳”よりも実力があった。どのくらいかと言われると各分野それぞれなので困ってしまうが、そんな“今年の20歳”の対応に困っているのが今の30代である。
なんだか話が通じないし、リョージの様なパツキン跳ねっ返りを誰も教育出来ない。
「これ地毛なんだけど…バカなの? しぬの? シビれてみる?」
「はねっかえり? 何語だ?」
脳筋は黙っててよ。」
「なんだと。」
場所取りに任命されたのだろうか。男二人は大きなブルーシートを敷きながら軽口を叩き合う。
「ならサルでも分かる解説をしてくれ。大人共はハネッカエリはねっかえりとよく言うが何なんだ?」
「くっだらないなー、僕とアスナの事だよ!」
「説明になってないそれでも自称秀才(エリート)か。」
「はあぁ?」
「ごはんできたよー!!」
野郎共の喧嘩は、クラス一の料理人により中断された。
ヴァルトリピカのユリは、いちおう帝国軍通信部情報課所属だが、今日も料理をしていた。
今日は野外という事で飯盒(はんごう)まで持ち込んだ彼女だったが、本日のおひるごはんは…
「お、おにぎり?」
「シンプルだな。」
掌サイズの米俵型と、三角型の白米。
「お米は“はつしも”で…味は岩塩と、とりそぼろと、高菜(たかな)だよー!」
真っ白な米の塊が、シリコン加工された紙皿の上に乗っている。
…残念ながら20年程前に発生した“黒い海”により海産物と海苔は古酒レベルの商品となってしまったので、一般庶民の手元には無い。
つまり若者にとって、おにぎりとは白い物であった。
「皿1個多くないか?」
「うん、これはあっちに置いておけば良いんだって。」
男共が場所取りしている間に出来たおにぎりの皿は4枚、内1枚は丈夫そうな細い枯葉の上に乗っている。
それはユリ達の居るサクラの隣の木の根元に設置されたが、何のためだろう。
「なにそれ命令?」
「“かんせーかん”どのからのお便りだよ、えっとね…」
ユリは帝国謹製汎用通信機――ぶっちゃけスマホ――を出し、情報管制官からの指示書を見た。
中身はこんな感じだ。
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指示書
ヴァルトリピカのユリ

本日のスツェルニー区はサクラ満開により、風の守護者ホルスト警報発令中である。
彼の守護者は元々気まぐれで人を殺める程度に危険な存在だが、最近、国立植物園のリンゴ園に除草剤を棄てた某民の御陰で、人間を見かけたらその場で祟りを起こす危険性がある。某民には厳重注意の上汚染除去作業に当たらせたが、除草剤残留による被害は帝国暦150年4月6日現在止まっていない。以上により、帝国政府は風の守護者ホルストに現状報告および謝罪する必要が生じている。
貴君の料理の腕・心意氣を見込み、風の守護者ホルストへの御饌(みけ)の作成及び本指示書の配達を命ずる。

※御饌の作成手順
1)簡単な精進潔斎として、本日から一週間オリエンタルベジ食または3日おかゆ食(肉抜き)+3日サプリ食+1日絶食を命ずる。
2)簡単な精進潔斎として、明日午前中は部屋に結界を設置する為の小工事を行う。
3)当日、岩塩味のおむすび4握を作成し、海苔と共に熊笹の皿に設置する事を命ずる。材料は花見前日に支給するのでそれを用いる事。御飯は土鍋で新規に炊く事。
※契約の話をされたら丁重に断ること。

帝国政府情報管制官
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「うおぉ管制官のハンコかっけー…」
「ツッコミ所そこなんだ?」
「随分な指示書ねぇ。」
おっと影が4つ。
「ぬおあぁ?! ビックリした…」
「ふにー。」
若者達の元に、キレッキレの美人が現れた。
突然顕れた女は、芽生えたばかりの木々の色をした腰まであるウェービーな長髪を掻き上げて言った。
「御無沙汰ねぇパツキン君! 元氣に大人フルボッコにしてたぁ?」
「あーあ、ホントに出た件…」
噂をすれば影が差す、って言うんだっけ?
リョージは思った。
切れ長のダークアイスブルーの瞳で色白の女性は、羊羹色のファーと膝上丈のキャミソールワンピースと、とんでもなくヒールの高いミュールが何だか毒々しい。睫毛はバチバチの黒色だし、背筋もピシッと伸びていて非常に背が高く見える。いや実際170cmぐらい有りそうだけど。
「まじめんどい。」
リョージに会話する気力が無いと見たカツキは、同級生の指示書をちゃんと覚えていたので――自分も“無愛想100点満点”と称される程度には自信ないが――女性に話しかけてみた。
「風の守護者ホルスト、だな?」
「…別にホルストで良いのだけど、なにかしら?」
「ユリ、用事あるんだろ。」
「うー…」
ユリはどうも驚いて思考停止(フリーズ)していた様だが、カツキが背中を軽く叩いてやると起きた。
「あのね、ごはんできたよ!」
「あら、御饌じゃないの。」
彼女は守護者相手でも、いつもの調子だった。

「人って、なぜ花見するのかしらね。」
風の守護者ホルストは、椅子用にちょっとした大岩を召喚して、ユリ特製おむすび4つを頬張りながら呟いた。
「今年も春がちゃんと来たってこと、それに神性か奇跡を見出していたのかしら…今はもうまともに祈る人さえ居ないけど、時代の片鱗だけは残ってるって事?」
何処か、眇めた眼で遠い昔を長めながら。
「はぁ。まともに神事を行う事がアイツしか居ないなんて、腹立つわ…」

「おいしかった?」
「美味い。」
「別に? おいしいけど。」
「そっか、ありがと!」
若者3人は、少し離れたサクラの木の下でおひるごはんにしていた。作って
おにぎりを喜んで貰えたユリは嬉しそうだ。
次来るメンバーの為にも、もう御飯を炊いている。
「守護者もアンニュイになるんだな。」
「カツキが普通に観察記録残してる件。」
カツキは帝国謹製汎用通信機――ぶっちゃけスマートフォン――からメモ帳機能を引っ張り出し、本日報告すべき事や氣になった事をひたすら書き出した。
「なにしてんの?」
「最近流行ってるからな、やってみないと話についていけん。」
「あぁ、“いきものがかり”ね。みんなよくやるよねー…」
リョージは呆れて、ブルーシートの上に寝そべった。
(サクラって、散った方が綺麗なんだよなー。)
空を仰げば、満開のサクラが花弁を散らし始めている。
(このサクラの様に、カミサマもさっさとどっか行ってくんないかな。)
今は人間サマの時代なんだよ、邪魔すんなし。
サルートのリョージはいつもの様に毒づきながら、サクラに切り取られた快晴の空を眺めていた。

「そろそろ帰るわ。」
風の守護者ホルストは、椅子にしていた大岩を在るべき場所に帰して、若者3人に一応言っておいた。
「そうか、気をつけてな。」
「あら、今の人間がわたし達を氣遣うなんて珍しいわね。」
「そうなのか。気に触ったのなら申し訳ない、以後気をつけ」
「良いのよ別に。貴方達の世界なんだし、貴方達の好きにすれば。」
「そうか、分かった。」
ヴァスカンダのカツキは、木訥と去りゆく者に別れの挨拶した。
「おいしかった?」
「ええ、とても。また作って貰おうかしら?」
ヴァルトリピカのユリは、自分が作った料理を気に入って貰えて喜んだ。
「あ、そうだ。これも渡さないと…」
「あら、リンゴ園の事? 赦しはしないけど大目に見てあげるわって、アイツに伝えてやりなさい。」
ユリがホルストに指示書添付書類を渡した所で、リョージはふと目が覚めた様な感覚を覚えた。
「え、なに、帰るの?」
「帰るわよ。何か文句ある?」
「あっそ、別に無いよ。」
サルートのリョージは状況を把握したら、また寝転がった。
「それじゃあ、まったねー!」
彼女が何か扇ぐ様な仕草をした次の瞬間、一際強い風が吹いた。
「うおっ!」「ひゃー!」「ぶっ!」
サクラの花弁がごうごうと、桜吹雪となって舞っていく。
若者達がなんとか向こうを見た時には、美しい女守護者はもう居なくなっていた。
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花見は豊作を祝う行事という情報見なかったけど見逃したかなー?
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参考ホームページ
・春はあけぼの…は言わずもがな、枕草子(清少納言)より。
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CAST
・ヴァルトリピカのユリ
・サルートのリョージ
・ヴァスカンダのカツキ
・風の守護者ホルスト