植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

20.クチナシ

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※完全版はこちら

短編集「錦上添花」其の一.

※写真お借りしました

https://www.photo-ac.com/profile/538978

主(しゅ)は確かに、誰かのピアノの合間に仰った。
「梔子(くちなし)は好きだスか?」
「はい!」
梔子はアカネ科の強健な低木。“小城”の庭を白の天鵞絨と緑の艶で埋め尽くし、馥郁たる甘い香りは“貴族”の誰をも虜にしてきた。
そして、主の両肩を飾る花。
もちろん僕も好きなので、元気よく返答しました。
「なら香り付けはソレにするだス、あとは…」
主は紅茶と菓子をほっぽって、手にした紙と睨み合った。
何度も推敲された紙を眺めてはその上から書き足していく。
主は文官で料理長で、とても楽しそうにしていたから、てっきりデセールのレシピだと思っていたのです。
「まさか、毒薬のレシピだったなんて…」
“小城”が本格的に“ネズミ”に侵略されているという時に、主は亡くなった。
主は亡くなる前に自分が持っていた全てを燃やされた。僕も手伝ったのでよく知っています…遺されたのは僕の片耳に付いているピアスと、書斎の机にただ1つ立つ、海色のガラス瓶。
「“火の鳥たる自分に効くなら皆にも効く
 だろう。揮発性なら尚良い。”…」
主はいつも退屈そうにしていらした。見た目はともかく“神童”という言葉をそのまま形にした様な方だった。誰よりも文官の仕事を優雅にこなし、“暇潰しに”神官と武官の領域に手を出した。これは前者の技術による結晶…
誰よりも美しく、密やかな死を与える優美な毒薬。
「“死人に梔子。
 全ての貴族と鼠共に、閑麗なる死を。”」
そしてこの書き置きは、主の遺した僕への餞。
「“小城”で一番風が通るのは…広間?」
僕は主の遺品を手に部屋を去った。
「誰とも知れぬ者が我々を狩っている…
“黒い太陽に照らされし者は生きて帰れない”
 だなんて、一度見てみたかっただス。」
“皇帝”が死に、末裔がその混乱を抑えられなかった結果生まれた今は“貴族”も“ネズミ”も有ったものではない。いずれ皆死ぬのだろう。
ならばせめて、安らかな眠りを。
「アズリアード、それはなにかしら?」
「我が主最期の一手に御座います。」
玉座まで攻めてきた“ネズミ”に応戦する“皇后”と合流した瞬間、僕は瓶の蓋を開けた。
蓋を開け放った途端、梔子の甘い香りが広がる。
「な、なんだ、痛…眠…い…」
「あの男…!なん、て、こ、と…」
植物・動物・無機物・現象(エレメンタル)の区別なく、この場に居る全ての者達が地に伏す。
「主よ、此の名前は“夢から醒めた愚者”ですか…?」
それは僕も例外ではない。
安らかな眠りに呑まれる前、主の高笑いを聞いた気がした。
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今年、我が家のキンモクセイからクチナシが生えてきてビックリ。どうやら山に自生する強さを買われ、キンモクセイの台木に用いられていた様です。
香りと天然色素を求める方、育ててみては如何でしょうか?
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CAST
・“料理長”ユーリシーズ
・アズリアード
・“皇后”ユーリア