植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

26.オオシマザクラ

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※写真お借りしました:https://www.photo-ac.com/profile/1947778

 

今年も桜が満開に近づいてきた。
どれも日に日に咲いて、全ての花が咲くまで土に還ろうとしない。
丁度いま、記憶の中で話している故人の様に。
「…。」
風の音すらしなかった世界にさあぁっと広口シャワーが噴き出した。
通り雨が桜と、木の下で過去を偲ぶ彼女を叩いていく。
「貴人にのっぺら執事の真似をさせるな!!」
その軍服とピンク色のカチューシャが雨と花弁で重みを増す前に、
重粒子がふっと消えた。
「あ、ありがとうございます…」
「礼など良いからさっさと帰るだス!
病を発して亡者を呼ばれる方が面倒だから…」
慌てて出てきたのだろうか、さっと蝙蝠傘を差しだした同居人は式典服姿だった。この世界では見ない礼服の肩口に、今日はあの白い花が無い。お急ぎだったからだろうか、それとも…いや、それよりも。
「…お嬢さん?」
「今日ですよ。ユーリイさんの、命日。」
「めい、にち。」
知人の死を悼む彼女に、遠い国の貴族はサングラスの下で目をぱちり。
「その人が死んだ日の事です。亡くなった人の事を想う…とか、
 死者に語りかけるという事は、しないのですか?」
「…はー…」
雨脚が強くなっていく中、異界の貴人は話した。
「ワシらの世界は闇夜に白い満月が昇り、灰(かい)色の空に黒い太陽の墜ちる箱庭。“小城”に住まう文官共は書庫に残された文書(もんじょ)を繰る間に躯を盗られぬよう、アララギの枝でペン軸で記し、煙水晶と黒曜石で出来た眼鏡さえ掛けたものだス。悪霊共と話すなど、考えた事もなかった。」
婉曲的に、詩でも吟ずる様な語り口は、帝国民にはだいぶ難しかった。
はい/いいえで返ってくる筈の質問がその通り返ってこない事も、話が明後日の方向に流れる事も、此方の世界に無いものも、逆に向こうの世界に無いものも多くある。
「えっと、“煙の貴人”。」
「はいな。」
「貴方の国では死者が、墓石から奇襲を仕掛けてくるんですか?」
「あー、床と言わず壁と言わず出てくるだス。」
「それはひどい・・・」
女軍人は、煙の貴人の居た世界はいわゆる“地獄”だったのではないかと推定した。創作界隈で想像されるよりも優美で、物騒な様だけれど。
「亡者共の凶悪な踊りで陛下が眠れなくなってしまわれたので、
 ワシが作ったのはコレだス。題して“春のめざめ”。」
雨が止んだ瞬間、貴人は細長い硝子瓶を大きめに振った。
深く刻まれた沢山の菱形――女は文様学など知らない――が表面を並ぶ
カットグラスから、灰色の液体が飛んだと思ったら吃驚。
雨で散りきってしまった筈の白い桜が、元通り!
「わ…」
「黄色い太陽は拝むのは止したいから、終わったらさっさと帰るだス。」
それでも煙の貴人は傘を仕舞って、お弔いが終わるまで待ってくれる程度には律儀だ。
(ユーリイさん、私は大丈夫です。
 コージも友達も…ユーリシーズさんも居ますから。)
煙の貴人と幻の白い桜に見守られながら、女軍人はお弔いを済ませて帰った。
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この世界において、桜が満開になる=不吉という設定です。理由は9.ソメイヨシノにて。実際、日本は桜、西洋はイチイ、中国清朝は牡丹に「木の下には死体が…」=「美しく咲きすぎる時、その年は沢山人死にが出る」という言い伝えがあります。今年の桜は枝先にまで密に咲き、正にこの条件に合致しています。こんな時は、おうちで体を温めながら創作に励むのが一番ですね…座りすぎによる健康障害に御注意を。
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参考
https://believeitornot666.com/sakuranoshita/
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CAST
・アナスタシアのマナ
・“貴族文官”ユーリシーズ