植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

35.アジサイ(赤)

 

「こんにちは。」
 一般部としての任務を終えたアナスタシアのマナは、帝国唯一のリアル花屋“アーシング・ビューティー”へと足を運んだ。今日も友達が、売り子さんをしている事だろう。
「あらいらっしゃい。」
 だが出迎えてくれたのは友達の母親のエミナだった。
マナは深呼吸してから尋ねた。
「あの、お花を頂きたいのですが。」
「そうかい、どれが良いんだい?」
「白い…アジサイって、ありますか?」
「あぁ有るよ。縦に長いのと、丸いのと、どっちがいい?」
 極寒たる帝国メガロポリスにおいて貴重な夏は、冷たくない雨とアジサイと共に始まった。人間の背丈より少し低いぐらいにまで伸びて、掌大の花のボールが出来上がっている。親指の爪程の花が沢山ある様でアレは萼であったり、そもそもトラノオの様な円錐形が出来上がったりする事もあるのだけれど。
「サルート区の池に送るのかい。」
「はい。」
「なら気をつけて行くんだよ。」
 マナは仕事帰りの夕方から電車に乗って出かけ続けた。
 帝国死傷者数ワースト1位は、意外にもテロではない。水難事故である。
夏になると、帝国民は容赦なく死にに行く…と揶揄されるぐらい、水に惹かれ、日頃は冷たくて水泳など考えもしないその水にうかつに近寄って呑まれたり、やってみて始めて自分がカナヅチである事に気がついたり…といった自己責任問題から、経年劣化で治水工事部分が貫通したり、アメダスで捉えられない大雨が突然降って洪水が起きたりするのだ。
 …なにぶん、極寒期に凍らない水を求めて、川の上に街を造った所すらある国である。神の存在は信じられないけど流石に何かに呪われてるんじゃなかろうか?と思った人々は、隣の国を参考に慰霊祭を行った。
 最初は南西部にある帝国最大の湖、ヒルテュラ湖にて。
その湖に浮かぶマチルダ島がテロリストの根城となってからは、その次に大きいユキサン湖で今も行われている。その湖はアナスタシア区から北西に行くと到着する帝国有数の農業地帯、サルート区にあった。
「マナ。」
「あ、サラちゃん、こんにちは。」
 黄昏時の湖では、既に沢山の人々が紫陽花を流していた。
友達のサラも既に流し終わった後の様で、彼女の手に花は無かった。
「おはな、持って来たの?」
「うん。一般部も、救助任務で死ぬ人、出たから。」
「そっか…」
 マナは買ってきた紫陽花を流した。
ユキサン湖の微細な流れにより、花は湖の中央に集まっていく。桃(とう)に青に白に紫。色とりどりの中に、1つだけ真っ赤な紫陽花が流れている。
「紫陽花に赤色ってあるんだ。」
「私達は取り扱ってないけど、最初は白くて後から赤くなる品種は有るわ。
 最初から赤いアジサイも探してはいるけど、園芸品種では無いみたい。」
「…そうなんだ。」
 そこまで聞いて、マナは不審に思った。
 アナスタシアのサラは、花屋の看板娘だ。
可愛い顔した女の子は区のアイドルみたいな所があり、男達が放っておかない。もし彼女が隣町に居るなんて知ったら、今からでも駆けつけてくるだろう。
 だがこの人混みだからか、マナは役場に自警団にロリコン警察――自称がリアル地元警部補になったのは記憶に新しい――を見つけられなかった。
あともう1人、心当たりこそはあれど。
「あの人、香りの良い花と、不吉な花ばかり好きになるの。」
「?」
「キスツス、アザミ、ヒガンバナアジサイも好きよ。
 でも一番好きなのは、白いリラ。」
 急に展開された話にマナは戸惑った。
死者を弔う場に血を連想させる花を入れた人の心境とはどんなものだろうか…ふと振り返ると、後方の人混みに紛れて、背の高い長い髪の人が立ち去っていく姿を見た。
(今の人、ルスラン課長?)
 マナの知人と同一ならいつも帝国政府管理部の制服か紺色のスーツを着ているが、あいにく上から下まで真っ黒でよく分からなかった。
「この前、サムソンにプロポーズされたの。」
「え…」
 サムソンは自警団の一人だ。サラと同年か少し年上の男性で、快活な印象をマナは覚えていた。
「だからあの人にね、“わたしサムソンと結婚するわ”って言ったら
 “そうか良かった”って、泣いて喜ばれたわ。」
「…。」
「“本当に良かった”って。」
 友達の話題に、マナはやはりついて行けてなかった。
多くの男から愛される女の氣持ちは、マナには分からない。間違いなく自分はそうではないからだ。だがサラとその周りに居る男達は、首都にも来る事のある人々だ。マナが見てきた限り、友達の好きな人とは今話題になっている12歳年上の男だった様な気はするのだが…
 マナは疑問符を浮かべながらも、根気強く話を聴き続けた。
「…もう遅いけど、この後空いてる?」
「うん。」
「あの人が机の下に通信機を隠してまで何をしたのか知りたいの。
 サムソンと合流して、あの人が何処に居るか探す所からだけど…」
 友人の話題は思わぬ展開を迎え、マナはものの見事に巻き込まれた。
-------
話題になった赤い紫陽花は、ドクシャ界ではとある方が作った品種の様ですが、そう言えばxxxHolicにも出ましたね。
-------
参考ホームページ
古今和歌集『花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに』小野小町
https://ameblo.jp/at91033/entry-12461349873.html
https://horti.jp/1491
-------
CAST
●アナスタシアのマナ
●?
●アナスタシアのサラ