植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

34.イランイラン

 

!Alert! \(^▽^)⊿「あーまいこいのロマーンス!!」

 

 

 

 朝目覚めたら、噎せ返る様な花の香りに包まれていた。
例えるならマンゴーの様で、朝から頂くには少し重い。寝ぼけ眼で見てみれば、黄色い花が点々と続いている。見える範囲だけで十は超えるだろうか。
「ん…」
 カールした細い花びらをつまんで鼻に近づければ、やはり甘い香りがする。胸騒ぎがする様な、ほっとする様な。
(どこから…)
 此処は確かに自室だが、訳あって花の都ではなく、荷物を急遽詰め込んで出来た首都の元会議室だった。カギだってカードとパスワードのダブルセットで、開けられるのは自分達と、長らく付き添ってくれている部下2名、上司1名…猥談とネタ好きに心当たりはあれど、香水でしか感じた事のない花を持ち込める者にはない。
(仕方ない。)
 男は意を決して、布団と腕の中の君を起こした。
「サラ。…サラ。」
「んー…」
 女は耳がくすぐったくて、柔らかくて温かい感覚で目が覚めた。
布団の中に男が居るのは知っている――最近、寧ろその重みで史上最高に眠れている事に氣がついた――ので、女は男の頬に顔を寄せた。
「おはよー…」
「おはよう。」
 男は軽く唇を啄んで目覚めをもう一押しした後、例の花を女の首元に落としてみた。
「この花に心当たりは?」
「…知らない。」
まさか花屋の君も知らない花があるとは。
「南の花かしら、家で見た記憶がないの。」
「そうか。」
 やはり不審に思って男は半身を起こした。
被っていた布団からも長い黒髪からも、黄色い花達が豊かに流れていく。
「…今日仕込んだとは思えない、やはり昨日の内か」
「あ、おはなついてる。」
 男の不安を余所に、女は花と敷き布団の海に身を浮かべて笑っている。
バニラアイスの様なレモン色は、ホワイトベージュに赤い花弁を散らした君とは少しずれている。そのうち彼女も半身を起こし、その真っ直ぐな髪に絡んだ花を摘んでいった。
「ん…君も。」
「え?わっすごい、おはながいっぱい…」
 男のストレートヘアも、女の癖のある黒いセミロングにも、黄色い花達がワルツを踊っていた。可愛いお花に甘い香り、愛しい人の愛しい声。微笑みながらお互いの髪に絡む花達を取り除いていく内に、男の頭の中で“Appassionata_Andante Con Moto”が流れ始めた。
「あ、思い出した。」
「なんだ?」
「これ、お祝い。お父さんが言ってたの、
 結婚式の後でおふとんの上に飾るおはなのこと。」
「そうか。」
 花の出所に行きあたり、男はふうっと一息、ようやく落ち着いた。この世界の何処かにはそんな風習があるらしい、今はそれだけ分かれば十分だ。
「後で御礼を言いに行こう。今、何時かな。」
「まだ小鳥の目覚めた頃だよ。」
「…それはすまない。」
 お互いの髪に絡む花を1つ1つ取っていくと、女の両手一杯になった。
手の中一杯の花に、男はそっと鼻を近づける。
「しかし佳い香りだ、酔ってしまいそうになる。」
「この香り、すき?」
「ああ、これも好き…」
そうして1人花の香りを楽しむと、男はそっと女を抱きしめた。
「あっ」
「サラ…」
ゆったり、静かに、情熱を温める時間。
 硝煙の音も香りもしない、地の底から自分を求める声も聞こえない、体に染みついた赤い幻も見えない。いずれの咎めも無く目の前の君に触れていられる時間の存在に男は震えた。
「…ルスラン。わたしもあなたも、幸せになって、いいの。大丈夫よ。」
「…あぁ…」
 女はそのまま体を後ろへ倒し、男をそっと胸元へ誘(いざな)う。
布団の中へ戻った二人は、もう少し帝国政府(このせかい)からの結婚祝いに浸っていたくて、もう一眠りする事にした。
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 南国の花なら王国サイドで書くのが順当かと思いますが、真っ先に思いついたのが「あーまいこいのロマーンス♪」(中澤ゆうこ;純情行進曲より)だったので仕方ないですね!インドネシアでは本当に「新婚夫婦のベッドにイランイランの花をまく」そうで、なんとロマンチック。熱帯気候・大変大きくなるので実際日本で育てるのは難しいですが、一度はやってみたい乙女のロマンかもしれません。
 さあ、コレだいぶ難産だったから、遠慮無く読んで砂を吐くといい!
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参考ホームページ
https://felice-kaori.com/article/7628
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CAST
・アナスタシアのルスラン
・アナスタシアのサラ