植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

22.ヒガンバナ

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※写真お借りしました:https://www.photo-ac.com/profile/1042516



「・・・。」
息を殺して裏路地を歩く。
誰にも見つからない様に。誰にも声かけられない様に。
「あたし、どうして生きているんだろう。」
帝国に生まれた者は王国に生まれた者よりも幸せだ。それは間違いなかった。この国で生まれた全ての人には帝国謹製汎用通信機(オホン)――要はスマホ――が配布され、一定の年齢に達すれば兵役教育と共に殺傷能力が低い武器(AEM)も支給される。万が一社会の成功コースから外れてしまったとしても、帝国で暮らしていける様に一般財団法人“浄罪の天使(ウィルトゥス)”が各地で活動している。
だがそのセーフティネットから零れ落ちていく人は、意外と多い。
別に、生活が苦しい訳じゃない。
大した病気をしている訳じゃない。
家電や公共設備の使い方が分からない訳じゃない。
現実とネットに話し相手すら居ないひとりぼっちという訳でもない。
ただ、空しい。
何故か心にぽっかり穴を開けた人達は、総じてテロを起こした。
この世界で一番刺激的で、一縷の狂いも無く造られた建物達を壊す事が爽快だからだろうか。
それとも、今し方仲間を襲った、大いなる殺戮の餌(え)となるためだろうか。
「・・・。」
少女は中学校から帝国社会に馴染めなくなった。
理由は分からない。
両親は健在だし、学校でトラブルが有った訳でもない。時折自分は、本当にこの世界をちゃんと歩けているのだろうか?と思う事はあるけれど…
結果的に彼女は家出した。
帝国は少女を独りにしてくれない。電話、メール、SNSの通知がひっきりなしに聞こえてくるし、身の着のままだと“浄罪の天使”が声を掛けてくるのだ。
(「かくまってやろうか?」)
だから、自分より小さなおかっぱ頭が自分の秘密基地に案内して、通信機の電源を切ってくれた事にはとても感謝している。
彼はテロリストで、どうやら帝国社会では偉い人の様だ。
悪いけど、彼の履歴書には興味無い。

あの日から、SNSを見る事は無くなった。
通信機は静かだったし、テロリスト仲間と言うと犯罪臭しか漂わないが、友達も出来た。
ああ、コユリとセージは、生きているだろうか。
今日はとても恐ろしい目に遭った。確かに、社会に仇成すテロリストの居場所など帝国には無いけれど、それにしてもあんまりだ。テロリストとして建物や道路を破壊してきた罪を現在進行形で断罪されているみたいだった。
(そう言えばラクロルは、人が死ぬと“断罪された”って言ってた…)
私達は、今日に限ってはテロをしに来た訳ではなかった。ただ、帝国で最も有名なアイドルのコンサートを聴きに来ただけなのだ。
もちろん、無断で、立ち見で。
するとどうだ、帝国政府がむつかしい名前の罪状を挙げてアイドルに襲いかかったのだ。なんでも、彼女は昔王国で培った魔法で人々を洗脳し、不当に利益を貪っているという。その真偽は不明だが、アイドルのファンVS帝国政府による大乱闘が繰り広げられた。
そうこうしている内に、何故か床下が吹っ飛んだ。
ソレはコンサート会場の椅子や人を吹っ飛ばし、ついでに斬り飛ばした。その“まっくろい様な蒼い様な霧”を何と言い表して良いだろうか…恐怖で会場を飛び出した事が、自己生存に繋がったらしい。
静かになった会場に来てみれば、見知った顔も沢山死んでいた。
「あ…ああ、あ…」
その斬り口は明らかにAEMではなかった。剣型AEMの斬り口は、簡単に言えばビームサーベルなので、灼けてアンチエイリアス加工のないペイント線の様になるのだ。
こんなにも真っ直ぐな斬り口を沢山作る存在(もの)を、彼女は知らない。
(にげなくては。)
でも、どこへ?
いつのまにか怪我だらけになって、しかも背中がとても痛いのに。

この帝国の何処で生まれたのだろうか。
白い蝶が飛んでいる。
ひらひら飛んで、葉の無い赤い花へ。
「え。」
辺りは一面の赤い花。
あまりに現実離れした風景だったから、恐くなって空を見…ようとしたら不意に力が抜けて倒れた。
空は煙草の煙に少し茶色を置いた様な灰色で、雪がちらついている。
“実は仮想現実でした”というドッキリはありえないハズだが、それでも少女は、自分が現実生きていたかどうか怪しくなってきた。
だが、確かに言える事がある。
(あたし、いま、いきてるんだ。)
いきていなければきっとこんなにもくるしいこともないのだ。
「うおっ」
その時、何かが横に落ちてきた。
からして、何処かから跳び降りてきたのだろう――帝国には補助AEMがある。1ジャンプでビルからビルへ跳び移ったり高い所から地上へ跳び降りてくる事はよくある話だ――周りと同じ様に赤い人がぼんやりと見える。
「また人間か!ったく、靴が汚れるじゃないか!」
シルクハットとマントを魔改造してて、その裏地が蒼い事は覚えている。
その蒼色はきっとラクロルの帽子の裏地と同じ色だ。
赤い人はしゃがんで何かして、それからまた何処かへ跳んでいった。
(・・・・・・)
その人の顔をチラ見したのが、きっと運の尽きだったのだ。
(いたっ)
少女は痛む体に堪えながら起き上がって、赤い人がポイ捨てした何かを拾った。
それは白い布。無残にも真っ赤な液体がべっとり付いた、つるりとした布。
少女は知らないが、ハンカチーフと呼ぶべき高級な代物だ。
(あの人にちゃんと会ってから、死のう。)
少女は痛む体を引き摺って歩き出した。
きっとこの近くにもあるだろう“浄罪の天使”まで。
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あけましておめでとうございます。
新年にしてはどすグロいし季節外れだが、今旬であるスイセンを見て同族のヒガンバナを連想してしまったのだから仕方ない。
今年は長編(前編)の完成と、短編集の書籍化を目指したく思います。
今年も宜しくお願い致します。
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むかし動画で見た曼珠沙華は…ダークダックスが歌っていただろうか…今見たら無かったので大全集買うしかないかな!スピラーレは動かしてた時期がダークダックスブームだったので、この曲のイメージが強いのです。
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CAST
・アナスタシアのスピラーレ
ラクロル
・団長グロセア