植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

17.クズ(葛)

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※完全版はこちら→短編集「錦上添花」其の一.
※写真お借りしました;https://www.photo-ac.com/profile/641814

夏秋の頃、人が行き交う其の横で、緑色の蔓が伸びる。
茶色い毛を生やした逞しい蔓だ。
蔓は掌大の葉と赤紫色の花の塔を付けて、川を、道路を、人の居る場所を侵食していく。
古の人は怒濤の如く伸びていくこの蔓を採っては川に浸し、木槌で叩いて繊維を取ったという。
「この世界にはまともな監視者が居ないのよ。」
その頃、エアコンをガンガンに効かせて、巨大な装置とコードの束に囲まれて引き籠もった研究者が居た。
真っ暗な部屋の中で、ディスプレイと人の顔だけが爛々と光る。
「監視者みたいな存在(もの)は確かに居るわ…でも、わたしが知っているのは老害でしかない輩だったし、そもそも監視者という業は己の物差しだけで出来ることかしら?」
研究者は規則的なベースの合間から、誰にともなく呟く。
「だからもう1つ、死なない物差しを作ろうと思ったのよ…鉱物の様に鋭く、葛の様にしなやかで強い、新たな監視者…」
「それで朝から晩までプログラミングしてらっしゃるのですね。」
そこに、声が掛かった。
「速く完成させたい氣持ちは分かりますが、御飯とお風呂、どちらにされます?」
「…“あなた”って言ったらくれるのかしら?」
「天ぷらが冷めてよければ。」
研究者の熱っぽい冗談に、相方の涼しいバリトンが重なる。
「それ“ごはん”一択しかないじゃない…」
「そう…ですね。」
女は保存とシャットダウンを済ませてからディスプレイを離れ、椅子と共にテーブルにやって来た。
テーブルには箸と玄米茶碗と湯飲みが2セット、柴漬けと汁と塩の入った器が1つずつ、そして中央には野菜たっぷりの天ぷら大盛り。
「あら、お花まで天ぷらにしちゃったの?」
「葛というそうです。ユリが採ってきちゃいましたけど、陛下が“食べられない事もない”と仰ったので食材入りしました。」
「そう…後で陛下に何か持ってって頂戴。」
「承知しました。」
研究者は早速天ぷらにかぶりついた。
最初は塩味、つゆは後で。その方が素材の味が分かるから。
「…溜息ついて、どうしたの?」
「天ぷらと言えばキスですよ、あぁあキスが食べたい…」
「あなた本当にお魚好きね、可愛いわ。」
「…今の何処に“かわいい”要素ありました?…」
「存在が可愛いんだから仕方ないじゃない。」
さくさく香ばしい衣の中に、少し苦みを伴う味がする。
これが葛だろうか。
「沢山たべる物ではないわね。」
「そうですね。」
「ごちそうさま、美味しかったわ。」
「ありがとうございます。」
食事を終えた後、研究者は再びディスプレイと向き合った。
相方は持ち込んだ盆に食器を載せていく。
「お風呂いつ入ろうかしら…一緒に入らない?」
「…では、片付けてきますね。」
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堤防、高速道路、何処かの空き地…何処にでもいる、葛。利用出来れば地下資源ゼロも夢じゃない?
ところで風水では、お風呂は御飯食べる前に入る方が良いそうです。外から持ち込んだ邪気を除いてから食べる方が、余計な物を摂取しなくて良いですね。
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参考ホームページ
・葛布(小崎葛布工芸株式会社)http://ozaki-kuzufu.jp/
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CAST
・「帝国謹製第二種機密事案により秘匿」
・「帝国謹製第二種機密事案により秘匿」