植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

36.ヤマノイモ

 温室の中一面に咲く花畑と白衣の人を見て、急に昔を思い出した。
「誰か居るのかね。」
「…せん、せ、い?」
 遠い昔、まだ7つだった私は研究助手の真似事を勝手にしていた。
可愛がって下さった“せんせい”は根っからの研究者だった。昼も夜も研究対象の事を考えて、次々と実験案を生み出していた。“せんせい”の研究対象は動物で、だが既存の事典に見られる様な生物ではなかった。何物にも分類できず、骨格から自由自在に姿を変えた。人を襲う事もあり、その血あるいは組織の一部は人に伝染すると言われた。
 人類の繁栄を揺るがす恐るべき存在を前に、“せんせい”の部門はその対策や二次利用の方法を探索・追求していた。当然ながら、食事など二の次だ。
「毎度思うがね…君の料理は味が薄い。」
「先生方はお菓子ばかり食べてらっしゃるじゃないですか。
 せめて1食はまともな食事をして下さい。」
「アレは携帯食料と言うのだが…で、これは何だね?」
今晩お出ししたのは、食が細い割に分かり易い味が好きな皆様のために、カレースープとサラダ。それとフライドポテト。レシピ通りに作ったのは前者だけだ。フライドポテトの芋は馬鈴薯ではないし、ソースは定番のケチャップ&マスタードでもない。
「今日読んだ本に山芋が出てきたので、作ってみました。」
「ほう、ヤマイモか。」
 ヤマノイモとは、世にも貴重な日本原産の植物である。日の照るやや湿った土地を好み、名前の割には平地よりに生息している。また、雌雄があり、雌株はその蔓にムカゴという小さな芋をまとう。
「…だから付け合わせが出汁なんだな?道理で。」
「はい!」
 この時、この街ではもう植物が育たなかった筈だが、この少年はさて何処で手に入れてきたのか。“せんせい”は一瞬だけ思考して、止めた。
(そんな事よりも早く研究を再開したい。)
 “せんせい”は食事もさっさと終わらせたくて、フライドヤマイモポテトに箸を伸ばして…やっぱり気になった。
「うーん…ケチャップとマスタードも出してくれ、比較したい。」
「はい!」
 結局“せんせい”はこれらに加えて塩、山椒、柚子胡椒を試してみて、フライドヤマイモポテトには柚子胡椒が合うという結論を出した。
「私も好きです、その組み合わせ。」
「おや、そうかね。」
それから、フライドヤマイモポテトは勿論、残りの料理も全部食べて行ったので、今日の出来は上々だった様だ。
「また作ってもいいですか?」
「次はとろろ飯を頼むよ。当然、麦飯でな。」
「はい!!」
 少年は“せんせい”が大好きだった。
少年は7つの頃、戦場の跡地で拾われた。それ以前の記憶は無い。
“せんせい”が自分が描いた絵を現場部隊に回してやっと、兵士に拾われた自分は生き延びて、避難所へ逃げ切った親は死んでいた事が分かったぐらいだ。
 少年は“せんせい”が大好きだった。
少年は当時、同年代の子ども達と同じ様に、例の生物の一匹と透明な実験箱の中で一緒に育ち、“せんせい”の言動の中に沢山の知識と夢を見た。
「“せんせい”、だいすき!」
「あーはいはい、先生も好きですよと。」
たとえ“せんせい”が、研究以外には素っ気なくても。
「私が――――に寄生された時にどうなるかが見たいの?」
「そうだよ。寄生のメカニズムが分かれば対処方法を考えられるからねぇ。
 寄生過程の何処かで阻害剤を打ち込んで時間を稼ぐとか、
 敢えて促進剤を打ち込んで細胞自殺(アポトーシス)を引き起こすとか。」
「では、それまでいっぱい遊んでます。
 ――――も、一緒になるなら元氣な人間の方が好きでしょう?」
「え?あぁ、うーん、そういうものかね…?」
たとえ“せんせい”が、自分を実験体(サンプル)の一種としか見ていなくても。
「お前さんは研究者に向いとらん。
 こうするとこうなるかもしれないという発想と想像力、
 求める結果にそぐわぬ実験体を切り捨て新たな実験を始める冷酷さ、
 そういうのが無いんだ、致命的にな。」
たとえ“せんせい”に、いつか別れを告げる日が来るとしても。
「―――――――――――――――――――――――――――。」
「さようなら、“せんせい”…」

だから、もう一度会えるなんて思っていなかった。
あの世界で得た全てを置いて来てしまった、何もかも見知らぬ世界で。

「“せんせい”、―――です!覚えてませんか?!」
「ぬわぁ?!な、なんだね君は?」
「あ、す、すみません…」
“せんせい”と似た姿をした男性は、此方でも研究に没頭していらっしゃる様だった。
「また随分デカい犬が入り込んだな…
 で、今生の名は?」
視界の隅、温室の柱に絡んだ蔓草は、昔見た丸っこい粒を沢山付けて、この世の生を慶んでいる。
そう、見える。
それだけで。
「アナスタシアのルスラン…です。
 …また会えて嬉しいです、“せんせい”…」
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ヤマノイモの美味しい季節ですが、実際芋が取れるのは秋だそうです。我々が今口にしている芋は、きっと去年収穫した物なのでしょう。
しかし、アクリルアミドについては「デンプンを焦がすと」なんでも発生する様で、残念です。健康についてもっと気にするのであれば、ヤマノイモはとろろ飯にしてしまいましょう。
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参考
wikipediaヤマノイモ
https://www.kagome.co.jp/vegeday/nutrition/201703/6716/
http://www.fsc.go.jp/visual/kikanshi/k_index_back_number_47.data/anzen47-HP_all.pdf
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CAST
・アナスタシアのルスラン
・アナスタシアのガストン博士