植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

37.サクランボ

 隣の国がピンク色のサクラに震え上がる頃、王国は花びらを散らした白いサクラの木の下に網が張られていた。目の細かいそれは合成繊維でできているかと思いきやとんでもない、シルクだ。
「シルクって高級品じゃなかったっけ・・・」
「此処からちょっと離れた小さい村が蚕の名産地でね、
 そこから買い付けてるのさ。サクラの実は柔らかくて、
 地面に落ちたら直ぐ腐るでね、これが丁度良いんだ。」
 魔法都市ヲーキング~森林都市バジョーにかけて広がる草原部の土手には、すっかり葉を広げた桜並木が広がっていた。その緑の下で、赤い丸がちらついて見える。そのうちリアルシルクロードを流れだした赤い果実は、最終的に行き止まりになったシルク袋にしまわれ、出荷場で選別される。これは夏が始まる前に見られる王国ロブリーズ草原部の風物詩らしく、この辺りの人々はサクランボの実る姿を見ると、梅雨支度をするのだという。
 帝国には無い“梅雨”がどれほどのものかをアサヒは知らないが、この、皮がつるつるして甘酸っぱい、スイミツトウを親指ほどに小さくした様な実を土産として持ち帰る事にした。
 彼には、果物はとりあえずウオッカに漬けてしまう友人が居たので、きっと(度数が)クッソ高い果実酒となって帰ってくるだろう。
「へー、実が成るタイプのサクラか。」
「こっちでは見ないよね?だから持って帰ってきた。」
「あー…そう言えば、2本だけ有ったかも。」
「え、あるの?」
「オレの通称ふるさとに。」
 アサヒの“ダチ”、アナスタシアのワタルもまた珍しくも故郷に帰っていた。
尤も、彼は帝国中を飛び回る生活をしているので、定住先はしょっちゅう変わった。当然、故郷に住む家など無い。そんな彼が予約したビジネスホテルの一室を半分借りて、アサヒは友と再会した。
「ほんとごめん、まさか全ホテル満室だなんて思わなかったんだ…」
「なんか賑やかになったなここ?後で観光地回るか。
 …コレ美味いからホテル代1/3支払いで手を打とうぜ。」
「助かるよ…」
 そういう訳で、アサヒとワタルは休日の街をうろついていた。夏になって花の街もすっかり緑色の葉が増え、舗装された白い道と相まって涼しげだった。
「コンクリートまで白色ってどうなの・・・」
「“紫色のライラックがメインストリート、白色のライラックが記念館”って、
 夏になったら全く分かんねーな・・・」
とは言え、あくまでも“涼しげ”である。白いタイルとコンクリートに舗装された道は見た目こそ涼しいが、その実照り返しが強いのだ。
帝国が“極寒たる大都市(メガロポリス)”で、夏であっても涼しい日が多いからこそ通用する仕掛けなのかもしれない。
「すみません、この辺りでカウボーイっぽい男を見かけなかったですか?」
 地図を頼りに記念館に向かおうとして迷った2人は、道中で軍服を来た男性に声をかけられた。
「いや、知らないけど。」
「そうっすかありがとうございまーす!」
 男性は此方の返事を聞く前に走り去ったが、同時に被っていた軍帽を落としていった。首の後ろに提げていただけだったのだろう。ワックスでしっかり形作ったであろう頭が、なんだか滑稽だった。
「今の、自警団か?」
「…とりあえず、届けようか。」
「おう。」
 アサヒとワタルは男の後を追った。
アサヒこそ素人だが、ワタルは某職仕込みだ。街の地図もワタルの頭の中には入っている。込み入った路地を走るに不足はない。2人は気付かれずに尾行した。
「オラオラオラ!!ロリコン警察だこの野郎!!」
 そろそろ街の中央に辿り着きそうだった時、向こうから別の男の声が聞こえてきた。発言内容も内容だが、同時に聞こえてくる音もものすごく不穏だ。バチバチばりばりバンバンだ。
「ようすみ。」
「さんせい。」
 アサヒとワタルは路地の影から現場を視察した。
 現場では、灰色の服の男が、橙色の男に追い回されていた。
後者はついさっき訊かれた様な気がする、正にカウボーイ風の男だ。蛍光空色に光る棒を持って、灰色の男を追い回している。
「警察…なの?」
「武器は全国警察共通スタンガンか…だけどホントにサツか?」
「あれスタンガンなんだ?!派手すぎない?」
「派手なのと、普通のがある。」
「らっしゃーせー!!」
 そうこうする内に、先程ワタル達に話しかけた軍服の男が灰色の男の行く手に立ちふさがった。得物は同級生にも扱う人が居た様な気がする、大剣型AEMだ。
「おっせーぞヘボ警団!」
「女性の危機だけに対応する輩に言われたくない!」
『だがてめーはワイセツ罪で逮捕だ!!』
ちぇすとー!!
 2人は文句を言いながら、息を合わせて手錠を手に灰色の男に飛びかかったが、あっさり逃げられてしまった。
「嘘だろ?!」
『おいぃ!』
 カウボーイとアサヒとワタルがツッコもうともう遅い。灰色の男は誰もいない路地裏に逃げ込――もうとして、爆音に近い発砲音に足を止めた。
 弾丸は、足のほんの数ミリ手前のコンクリートに当たり、その表面を削っていた。
「…次は足を撃つ。」
続いて拡声器越しの男声とリロード音。
「誰か居るの?」
「上か?」
 ワタルは辺りの建物を見たが、屋上にそれらしき人物は居ない。
アサヒに至っては、気配が1人分足りない事以外は、何がなんやらだ。
「ち、ちっきしょー!」
 灰色の男は尚も逃げようとしたが、直後本当に片足を撃たれて撃沈した。そのタイミングで自警団の男は灰色の男の足に応急処置をし、カウボーイはその両手に手錠をかけた。
「わお。」
「ええーっ!?そこマジで撃つんだ、マジか…」
後は自警団が本部へ連絡したら、この話は終わりだ。
「クッソ!今日こそはアイツの手を借りずに逮捕したかったぜ…」
「こちらサムソン、確保出来たんでパーカー回してくださーい…」
この街の平和を守る若者達はどうにかこうにか容疑者を確保し、後から来たパトカーに乗せた。
「毎回思うんだが、君、サツでもケイでもないだろ?
 傷害罪にひっかかりそーな事はいい加減止めときな…
 …
 いやあの…あー分かった、分かったからせめてAEMでしてくれ。
 実弾だと後が大変なんだ治療とか…
 その弾も、中々手に入らない物なんだろう?」
 青いサイレン輝くパトカーが遥か彼方に消えた後、男達は交差点にある噴水の縁に腰かけた。
「あー、今日はこれで解散って事でいいよな?いいよな?」
「私は帰宅途中だからこれで失礼する予定だが…」
「あーはいはい毎度すみませんね。」
 アサヒとワタルは完全に路地から出るタイミングを見失っていたが、ふと噴水を見て、おやっと瞬きした。
自警団に、カウボーイに、もう一人。
紺色のスーツに長い黒髪を靡かせる男が、いつの間にか増えている。
「ルスランさんいつもサーセン…お代は実家のさくらんぼでいいっすか?」
「サラの分なら受け取ろう。」
「あ゙ーもーかっこつけんなっていででででっ!!」
 紺スーツは2人の間に座って談笑時々カウボーイの手の甲を抓り上げ、ふと自警団のツンツン頭を見た。
「サムソン、帽子は?」
「え?」
 ここでやっと、自警団のサムソンは帽子を失くした事に気が付いた。
「うわ嘘だろおぉー?!」
殆どの場合、公的機関からの支給品を失くすと自腹で購入する事になっていた。荒事に耐えるよう作られた装備はそれなりに高く、新人は紛失を防ぐ為にありとあらゆる手を尽くすという。まぁ、それでも、無くなる物は無くなるが。
「私は帰るが、アランロットは」
「探すなら付き合うぜ、どーするよ?」
サムソンは給料日前のサラリーマンの如く慌てるが、どうにもならない。
 こうして彼が項垂れた所に、アサヒは路地裏から出るチャンスを見出した。
「あの、これ、落としましたよ。」
「あー!!きみ!!さっきのー!!ありがとーう!!」
 帽子を届けてくれたアサヒをサムソンは大変ありがたがって、彼の両腕を振り回す勢いで握手した。
 だが、路地から唐突に出てきた青年を、ルスランは警戒した。無表情で左腰に手をやったその手の甲を抓り返して止めながら、アランロットは尋ねた。片手で器用に警察手帳を開けて。
「俺は本区警部補のアランロットだが、アンタは誰だ?」
「初めまして、リノクのアサヒと申します。
 帰郷ついでに友達に会いに来たんですけど、そのついでで」
「キキョウ?」
「…。」
うっかり紫色の花を思い浮かべただろうカウボーイに呆れたのか、彼を抓る手を突っ返して立ち上がり、アサヒの真正面から紺スーツは意見を述べた。
「私と、今の現場を…」
「?」
「君達(・)は見なかった、それでいいな。」
それから、アサヒをじっと見つめる。
(なにこの尋問タイム!?マジめんどい!!ワタル帰っていいよ?!)
綺麗な微笑みとは裏腹に、その茶色い眼は刃物の様に鋭い。
だが、相手は隣の国に“長期留学”をする様な、いい子の振りしたザ・シニカリストである。アサヒは負けじと睨み返した。
 埒が明かない、と思う内に向こうの方がそっと――本当に、そっと――目を逸らして、カウボーイ風の男と共に立ち去った。
「ごめんな。」
帽子をちゃんと被ったサムソンが、2人が完全に去った後で詫びた。
「あいつら、外の人にいい思い出が無いんだ。
 …詳しい事は、訊かないで貰えると助かります…」
「ううん、別にいいよ。ぼくは用が済んだから、もう帰るね。」
「ああ、気をつけて。」
それで、アサヒとワタルの花の街巡りは、サクランボを見ることなく終わりを迎えてしまった。
「記念館のサクランボ、植えたてでまだ実もヘッタクレも無いってよ。」
「えぇーっ!!
 ワタル本当に帰ってたんだね?!僕がメンチ切られてる間にー!」
「あー…今度実家に来て貰えたら、サクランボ用意して待ってます。」
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あるともだいすきサクランボ!佐藤錦一択でしたが、最近は色んな品種が出てきています。品種ごとに食べ比べもしてみたいですね。
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CAST
・リノクのアサヒ
・アナスタシアのワタル
・(同)サムソン
・(同)アランロット
・(同)ルスラン