植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

38.ホオズキ

 

 王国の夕暮れは何処か曖昧だ。
道すがら歩む人も、店頭から聞こえてくる客引きの声も。
「もうし。」
 国境を定める石灰峠/ダンベルロット山から首都――王宮ベルベットに向かう程、南に行けば行く程、彼の岸と此の岸の境目があやふやになっていく。
「もうし、彼の岸照らす灯りは要らんかね。」
「いえ、あの世に用事はありません。」
「そりゃ失礼した。」
 特に最南端にある港町“貿易都市ハードル”は、火の神殿・水の神殿が現存する街だからか、神とその眷属を敬い崇める風習が残っていた。この敬神という風習は、この三千世界全土から消えつつある考え方だった。少なくとも、若者達が学校で習う事は――余程の教師に出会う幸運と知能が無ければ――ない。
「何なの、あの客引き…」
「昔…と言っても伝承上の話で、嘘くさいけど…
 両国の記録にも残ってない大昔の頃、神と人が同じ次元に暮らしている
 時代があり、実際に神の住まう国が在った。その神の国と人の国の間には
 リアル三途の川が在ったけど、そのまま渡った者は誰一人戻らなかった。
 また、これとは反対に、何処の誰とも知れぬ者が流れ着いた事もあった。
 これではイカンという事で、神は三途の川を渡るための道具を拵えた。
 そのアイテムの1つがさっきの…鬼の灯(おにのともしび)という話さ。」
 鬼灯(きちょう)――ホオズキとはナス科の植物である。人の半分程の背丈で、夏から秋の終わりにかけて暖色の実を付けた。萼は丸い実を守る様に尻窄まりの形を取って閉じていく。かつてドクシャ界では子どもの遊び道具になったそうだが、此処では専ら――念入りに品種を確かめる必要はあるが――観賞用か食用だ。
「へー、胡散くさーい。」
「チョウチンという道具を初めて見ました。」
「あー…もう帝国には無いんだね。」
 萼に守られた実の位置が正に提灯の様なので、最夏期に執り行われる慰霊祭(なつまつり)が近くなると、ホオズキの実と枝に見立てた杖や簪が主要都市で毎年販売される。
「ま、実際に会えるのは低級霊の方が多いみたいだけど。」
「がくうっ」
光るかどうか、会いたい人に会えるかどうかはメーカーと人々の魔力次第だが、古の時代に用いられた灯りはこの400年の間に喪われたとされている。それでも人々は、慰霊祭の間中唱え続けられる読経が聞こえる内に鬼灯の灯りを掲げ、愛する故人に、偉大なる先人との短い逢瀬を重ねるという。
「さっき、1つって言ったわよね?他にもあるの?」
「あるけどもう忘れたなー…時計と白い石だったってのは覚えてるけど。」
「だいぶ具体的ね。」
「勿論ただの時計と石じゃないよ。でも、どの辺がこう…
 あの世とこの世を繋ぎそうな感じだったのか忘れたんだよ…」
 一行は貿易都市の後祭を見て回っていた。後の祭だから、美味い物でも食べながらパーッと騒ごうという魂胆だろうか。屋台にありがちな食べ物――帝国と違いシンプルだった。例えば、枝豆1カップ――を扱う店から、先の怪しげな店まで。色とりどりの魔石が並ぶ露店から、如何にもガチそうな魔法道具の受注生産を受け付ける店主1人まで。
「こんばんは。」
ふと何処からか挨拶される声がして、レコアは振り返った。
 そこだけぽっかりと空いている空白地点に突如黄色いローブの女性が現れた。紫色の光の帯は女の周囲を斜めにカチコチと廻って消える。
「今は黄昏時ですか、逢魔が時を彷徨うのは余り宜しくないのですが…」
 女は手にした、時計を掌大どころか手全体ほどの大きさの懐中時計をローブの下に仕舞って言った。
「こんにちは。…えっと。」
「あ、もう行くので結構です。
 狭間の時はあちこちに繋がり易く、そして切れ易いので。」
 レコアはこの人物を知っていた。会った事があるからだ。
赤縁の眼鏡が松明を反射して目を隠しているが、その眇めがちな目の感情の無さも、フードの下が黒髪の大体三つ編みなのも知っているが、その発言を理解した試しは無い。
「わたしは打てる手を打っているだけなので、悪しからず。」
女は大気中の魔力を指の中で捏ねて、小石の様な魔石を作りながら言った。
「逆しまに廻る時計、不夜灯籠(・・・・)、白い蝋石。
 順に過去を渡る物と、今此処に居る事を示す物と、未来を記す物です。
 いずれもモイライの宝であり、錬金術として語り継がれたそうです。
 レシピが現存するのは時計だけ。灯籠は死に仏が持ち歩き、
 そして白い蝋石は、最近“顕れた”そうです…」
そうして出来た青い魔石のいくつかをレコアに渡して、女は尋ねた。
「その白い蝋石を見たいのですが、御存知ありませんか?」
「いえ、存じません。
 魔法学校からもロンドさまから聞いた事も無いので、
 此方の…王国の話題ではないと思います。」
「そうですか、ありがとうございます。」
女はあっさり引き下がって、それなりに太い鎖に繋がれた金色の懐中時計を翳して消えた。
「それでは、また。」
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食べられるホオズキは、中の丸い部分を食べますが、甘いのだとか。
種から育てるのはナスよりも難しいですが、ファイト!
xxxHOLICに出てきた百鬼夜行の灯りにして甘露掬い、ほすぃ…)
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CAST
・クレア=クリーバー
・レコア=メイデンヘア
・カザリア=ゼッテン=ルドベキア
・ゼレイア=ノワゼット
・アルトシール=ジル=ミモザ