植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

39.スベリヒユ

「あー…まずい事になった…」
 温室の中で、頭を抱えているオッサンが居た。手入れの痕跡が見当たらない髪を無造作にまとめ、薄汚い縁なし眼鏡と汚れた白衣を着ている。
「草むしりに来たんだから別にいいだろ…」
 アナスタシア区の植物博士、ガストンだ。
腰のポシェットにはいつもルーペ、フェザーナイフ、染色液を入れているが、これは装備変更が必要だ…と、博士は温室の中を見遣った。
 新品種を育成しているはずの大地は多肉植物に覆われ、春に蒔いたはずの赤い(予定)草花は、いつの間にやら見る影も無し。どうやら、外から種を持ち込んでしまった様だった。少なくとも、この温室には自分含めて3人が出入りし、その内1人は隣町まで働きに出ている。
「いい加減、入口に粘着マットぐらい置くか…」
 …自分の研究が振り出しに戻った事を知った博士は、自宅兼花屋にいる娘を呼んだ。
「サラ、コレはなんだ?」
「わあ!パースレインがいっぱい。」
「食えるのか?なら取っとくが。」
 人間の足首程の高さの雑草は縦よりも横に広がり、ほんのり赤い茎も、緑がしっかりしている葉も、野菜より肉厚だ。みずみずしいその姿に何故か博士は松の盆栽を連想してしまうが、小さな緑の間には黄色い花が小さくちらちらと咲いている。
 隣の国ではスベリヒユという名前で、高級食材として並んでいるらしい。
「ゆでて醤油で和えると美味しいって、ルスランが言ってた!」
「そうかそうか。なら半分刈って、あいつにも食わせてやるか。」
 そうして夕方、娘の想い人が首都から夜回りがてら家に立ち寄る頃、博士が刈った雑草は今晩のおかずになっていた。赤っぽくて粘りのある和え物だ。
「いつもすみません…頂きます。」
「はいどうぞ!」
「…ああ、ありがとう。」
 娘は喜んで想い人に和え物を差し出したが、どうも反応が薄い。
「おいしい?」
「おいしいよ。」
心なしか、笑顔も引きつっている気がする。実際に食べてみると旨味の下から酸味が顔を出していて、サラには苦手な味だった。
「ごちそうさまでした。」
 男は用意された御膳をさらっと食べて、花を買って帰った。
「ふむ、中々美味いな…ダンテやアランロットが好きそうだな」
「ルスラン、嫌いだったのかな。」
「かもしれんな。」
 博士はスベリヒユの和え物をつまみに、日本酒缶1個を開けてしまった。
 サラはもやっとした氣持ちのまま、家の入口で母と話すルスランの左腕にダイブした。
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日本では農家の敵にして非常食、海外ではスーパーフード。
所変われば価値替わる、通勤路に生えていたアイツを書きました。
しかしC4植物とかCAM植物とか、忘れてしまったな…簡単に言うと、もの凄く工夫して生きています。ちぎってもちぎってもまた生えてくるあの強さも頷けます。それでは、種を拾って来ます。
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参考ホームページ
wikipedia
https://botanica-media.jp/404?p=2
山菜図鑑;スベリヒユ
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CAST
・アナスタシアのガストン
・アナスタシアのサラ
・アナスタシアのルスラン
・アナスタシアのエミナ